大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京地方裁判所 昭和29年(ワ)3748号 判決 1957年5月10日

事実

原告は請求原因として、本件土地は原告の所有であるところ、昭和二十九年一月二十二日原告は、被告谷の代理する被告村井から金百四十五万円を弁済期同年二月二十一日、利息月六分の定で借り受け(但し弁済期までの利息金八万七千円及び手数料金七万五千円を天引)、右債務の履行を担保するため本件土地に抵当権を設定すると共に、右抵当権の債務を弁済期に完済し得ないときは、その代物弁済として本件土地の所有権を移転する旨の代物弁済の予約をなし、同日右抵当権設定登記の外所有権移転請求権保全の仮登記を経由した。その後被告谷は、昭和二十九年三月二日被告村井から前記抵当債権及び抵当権並びに所有権移転請求権を譲り受け、且つ同月三日代物弁済により本件土地所有権を取得したとして右抵当権移転の附記登記の外所有権移転請求権移転による仮登記の附記登記及び所有権取得の登記を経由し、更に被告石橋は同月三日売買により被告谷から本件土地所有権を取得したとして、同月十一日所有権取得登記を経由した。

しかしながら原告は、かねて被告村井の代理人たる被告谷が前記抵当債務の弁済を受領することを拒絶していたので、その弁済期である昭和二十九年二月二十一日の以前即ち同月十六日、口頭で元金百四十五万円について弁済の準備をしたことを通知して、被告谷に対しその受領を催告した外、同月二十日頃直接被告村井に対しても右と同様口頭による弁済の提供をしたのであるが、何れもその受領を拒絶された。従つて原告には前記抵当債務の弁済につき履行遅滞の廉はなく、却つて被告村井において受領遅滞の責に任ずべきである。

しかも、被告村井と被告谷との間で昭和二十九年三月二日に締結された前記消費貸借契約上の債権及ひ本件土地についての抵当権並びに代物弁済予約上の権利の譲渡契約は、右被告両名の通謀による虚偽表示に基くものであるから無効である。よつて原告は本件土地の所有者として、被告村井、谷、石橋に対しそれぞれ被告らのために経由された前記各登記の抹消登記手続を求めると述べた。

被告らは答弁として、原告主張事実中、本件土地がもと原告の所有に属したこと、原告主張の日に原告と被告村井との間にその主張のような消費貸借契約及び抵当権設定契約並びに代物弁済の予約が締結されたこと、被告村井、同谷、同石橋のために原告主張の各登記が経由されたことを認め、その余は否認する。被告谷は勿論、被告村井においても、原告の主張する如く原告から弁済準備の通知及びその受領の催告を受けたこともない。被告村井は、原告から弁済がなされないまま弁済期を徒過したので、昭和二十九年三月二日被告谷に対し右消費貸借契約上の債権を本件土地についての抵当権及び代物弁済予約に基く権利とともに譲り渡したのである。而して被告谷は、同日被告村井及び同谷の連名で原告に対して発した叙上債権譲渡の通知が原告に到着した同月三日に、原告に対し代物弁済予約完結の意思表示を発し、それは即日原告に到達したので、ここに本件土地の所有権を取得するに至つたのであり、また被告石橋は、前記の如くして被告谷の所有に帰した本件土地を右同日、同被告から金二百万円で買い受けてその所有権を取得したのである。以上の次第であるから被告ら三名のために経由された原告主張の各登記は何れも適法のものであつて、これら各登記の抹消を求める原告の請求は失当であると述べた。

理由

原告が本件抵当債務についてその主張する如く弁済の提供をしたところ、その受領を拒絶された結果債務不履行の責任を免れるに至つたかどうかについて按ずるに、証拠を綜合すれば、訴外梅沢亀吉は原告を代理して本件抵当債務の弁済期到来前に右債務を弁済すべく、貸主である被告村井の代理人たる被告谷(被告谷は金融の斡旋を営んでいたのであるが、原告と被告村井との間における本件消費貸借契約等の締結については、被告村井の代理人となり、その弁済の受領に関しても被告村井から代理権を附与されていた。)を再度に亘つてその事務所に訪ねたところ、二度とも被告谷は被告村井の意向を確めた上でなければ原告からの弁済は受領しかねると繰り返すのみで、更に昭和二十九年二月十六日に訴外梅沢が被告谷と面接した際には、原告に対する貸金の調達にはかなり経費もかかつているので、弁済期を多少過ぎてからでもよいから元金百四十五万円に若干の金額を加えて支払つて貰いたいと要求し、梅沢において金三万円乃至五万円程度ならば余計に支払つてもよい旨提案したけれども、それでは満足できないとして拒否したため、何ら解決を得ないまま散会したのであるが、当日、梅沢は、原告の被告に対する本件抵当債務の弁済資金に充てるため、先に訴外株式会社豊年社から借り入れた金百五十万円を銀行に預金し、右弁済に必要なときは何時でもこれを引き出し得る状態にあつたとはいえ、梅沢は被告谷に対しては単に弁済の準備がしてあるとしてその受領を催告したにとどまり、現実に弁済資金を持参はしなかつたことが認められる。

ところで、債権者が予め弁済の受領を拒んだ場合における口頭による弁済の提供についてなされるべき弁済の準備とは、提供の際即時に履行をなし得る程度に完全に準備の整つていることは必要とせず、将来債権者が飜意して受領の意思を示したならば、相当の時期に弁済を完遂できるようにその資金調達の方法を講じておけば足りるものと解すべきである。前段認定の事実よりすれば、原告は被告村井に対する本件抵当債務の弁済についてその受領を拒絶されたので、昭和二十九年二月十六日(弁済期前)に同被告の代理人である被告谷に対し弁済の準備をしたことを通知してその受領を催告したことにより適法な口頭の提供をしたものと解すべきである。してみると原告は、前記弁済の提供の時から、不履行により生ずべき一切の責任を免れ、却つて被告村井において受領遅滞に陥つたものというべきである。

次に被告村井と被告谷との間に昭和二十九年三月二日原告主張の如き権利についての譲渡契約が締結されたことは当事者に争いのないところであるが、右譲渡契約が被告谷及び同石橋間の通謀による虚偽表示に基くものであるかどうかについて考えてみるに、(上述のとおり被告村井は、原告からの弁済につき受領遅滞の責に任ずべきものであるから、本件士地を目的とする代物弁済の予約を完結する権利を有せず、従つて仮りに被告村井と被告谷との間の譲渡契約が有効であるとしても、これに基く権利移転については原告に対して譲渡通知がなされたにとどまり、従つて被告谷は、右代物弁済の予約完結権を譲り受けたことを理由にこれを行使して本件土地の所有権を取得するに由なく、そうである以上、被告石橋もまた本件土地の所有権を被告谷から売買により譲り受け得ないものというべきであるから、被告らの本件土地所有権取得登記につき抹消登記手続の履行を求める原告の本訴請求に関する限りにおいては、被告谷及び同石橋間の前記譲渡契約が通謀にかかる虚偽のものであるかどうかにつき判断を試みる必要はない訳であるが、)前段において判示したとおり、被告谷は、被告村井と原告との間における本件消費貸借、抵当権設定及び代物弁済予約の各契約の締結につき、金融ブローカーとして被告村井を代理して終始折衝の任に当り、右消費貸借契約にかかる債権の取立についても、専ら被告谷が原告の代理人である訴外梅沢と交渉を続けたが、行悩みの状態にあつたものであるところ、証拠によれば、被告谷が被告村井から前述の契約に基く各権利を譲り受けたのは、単に被告村井において紛争の表面に立ちたくないという理由によるものであつたことが認められる。上述の如き諸般の事情を併せ考えれば、被告村井及び同谷間の前記譲渡契約は両名相謀つて被告村井の原告に対する前記抵当債権の回収を進捗させるための便宜上、これを仮装したものと断ずるのが相当である。

叙上のとおりなので、被告村井は、原告に対して有する前記消費貸借契約に基く金百四十五万円の元本債権の弁済を受けると引換に本件土地につきなされた所有権移転請求権保全の仮登記の抹消登記手続を、被告谷及び被告石橋も夫々本件土地に関する所有権取得登記につき原告のために抹消登記手続をなすべき義務があるといわねばならないとして、原告の本訴請求を全部正当であると認容した。

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例